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☆だんだらだらだら☆

記憶力がないアラサーのブログ。演劇/ミュージカル/宝塚/歌舞伎/映画/美術館/フィギュアスケート/JAZZ/大阪万博/食べ歩き/カメラ(OM-D E-M10 mark2) などの話題。

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2016.06
12


17:28
ある意味幻の作品、日本版『マリー・アントワネット』。
芳しくない評判は聞いてきて今回もそう期待はせず、
とりあえず幻の作品が観たかったのと、韓国ミュージカルを一度観てみたかったのと、
ジュンヒョンさんが出てたので、Kミュージカルシネマを観に行ってきました。

結果、めっちゃよかった。
これ、お蔵入りどころか普通にレパートリーにできるやんと思った。
だってベルばら、あんなやのに、再演しまくってるんやで!
とはいえ、これ、日本・ドイツ版からだいぶ整理してるっぽいですね。
噂に聞いていたカリオストロが出てこないし、シスターも出てこなかったな。
悪役的な部分はオルレアン公が全部引き受けてる。

1幕は、『1789』的な、ソフィア・コッポラの『マリー・アントワネット』的な、ガーリーでポップなイメージもあり。
アントワネットのファッションショーには、星条旗をモチーフにしたキッチュなドレスも。
それに対比するマルグリット・アルノーのみすぼらしさ。
マルグリットの原動力は、「わたしはこんななのに、何故彼女はああなの?」
という世の中の理不尽さ、王妃への強い憎しみ。
それはフェルセンへの気持ちが芽生えつつ、
国家転覆の企みを持つオルレアン公らのもくろみと合致して、革命へと突き進んでいく。

…結構重い。
1幕の宮廷中心の軽い感じから、
市民たちの噂話、世論の潮目の変化、首飾り事件の陰謀、暴動。
やがて形勢逆転して、王家は没落の一途を辿る。
そこから、唯一の友人の虐殺、裁判、ギロチン処刑と容赦なく事が進んでいく。
マリーが刻々と転落していく様子を丁寧に見せる。

マリーとマルグリットの人生が交錯する。
革命のシンボルとして未来のフランスを託されるものと、「首飾り事件」を機に急速に没落していくものと。
マリーが子守唄代わりに歌う歌はかつてマルグリットの母親が口ずさんでいた曲。
ふたりは異母子なのか。
かつての華やかな面影を捨てたマリーに母の姿を重ねてしまったり。
でも、結局、それ以上は交われないんだ。
憎み、でも共に時間を過ごすうち同情の念もわき、葛藤はする。
ただ、赦す、とか、理解し合う、とか、助ける、とか、明快な結論には至らない。
ギロチン台へ向かうマリーが力なく倒れる。
そこに手を差しのべるマルグリット。ありがとう、と、返す、マリー。
歴史という大きな渦の中、それが精一杯なんだ。
でも、革命の大きなうねりは、それは、元々はひとりひとりがなす世論によって生まれた。
風潮が一気に変わること。
それによってヒーローと崇められる人がいる一方、必ずや貶められる人がいる。

全てが終わったあと、マルグリットは問う。
私たちが夢見る正義とは?どきっとする。
ここから実際、『スカーレット・ピンパーネル』につながる、恐怖政治が始まっていくわけで。
『1789』の古川雄大が『スカーレット・ピンパーネル』のにしき愛になるわけで。
そう思うと身震いする。(色んな意味で)
時代が変わろうと、「潮目」はいつだって存在している。
そこに常に目を落とすことが大事だなと思う。

マリーとフェルセンとの関係はけして甘々一色な感じではなかった。
フェルセンがアメリカ独立運動に派遣され、
その経験から肌身で感じた時代の変化を伝えようとしてる。
そうか…同じ時代なんだ。改めてびっくり。
マルグリットに正義を問うてみたり、マリーを説き伏せようとしたり、意外にまっとう。
アントワネットお抱えの衣装屋とかつら屋は、いかにもミュージカル的な盛り上げ役。
レミゼでいうテナルディエ夫婦のように賢く生き抜いていく。

KAI@フェルセンが声といい、薄味の顔といい超よしおっぽかった。
キム・ソヒョンさん@アントワネットは華やかチャーミングな愛され顔でした。
前半は普通かなと思ってた歌も、地声のほうが強いらしく、後半は圧巻。
お芝居も大熱演で、特に後半はこの大熱演、求心力あってこその、
韓国版MAの密度の濃さだろうなと思った。
よかったー。
ユン・コンジュさん@マルグリットはみりおん(実咲凛音)をぱっちりさせたようなしゅっとした美人さん。
アントワネットにそっくりという設定に無理はあるけど、
愛され顔とシュッとした男前顔の対比がキャラクターにもハマってたかなと思います。
歌声も力強く、素敵。
オルレアン公はキム・ジュンヒョンさん。
かっこよかったー!!
タッパがあって胸板も程よくあって低音の鋭い声がよく響く。
何なら、耳が痛い。(え)
ただ、ヒゲとかつらの具合か、ものすごく橋本さとし。
あれ、橋本さ…いやいやジュンヒョンさん。
と出てくる度、軌道修正で全編終わった。
イ・フンジンさん@ルイ16世はぽっちゃりしていて、
お腹で履いてる靴が見えないという件もあるほど。
気弱で、国王の器ではないけれど、人としては愛すべき人。
寂しげな表情が印象的でした。

いやー、内容もよかったけど、お金かけてるなぁ…と思わせる舞台でした。
急な八百屋になったセット上での舞踏会。
横向きにして、あえてセットの断層部分を見せて、
マルグリット達下級民との階級の差を見せたり、
裏面のバルコニーではアントワネットとフェルセンが逢瀬してたり。
盆でうまく回して使ってた。
舞台の縁がえぐれていて指揮者の頭がひょっこり出てる。
舞台下がオケピ?
かなり舞台を増設してるのでしょうか、元々奥行きと天井の高さがある中、
更に急な八百屋にしてるので、空間の使い方が立体的で、面白い。
照明はなかなか日本のミュージカルでは見ない青系統の微妙なニュアンス。
『マルグリット』の時みたいな?
衣装は『レディ・ベス』、『1789』も担当の生澤美子さん。
東宝で見るよりもかなりふりふりな感じ。
アントワネットは数え切れないくらいドレスがあった。
ソヒョンさんの程よい肉付きのデコルテが美しく映える。
オルレアン公の黒一色の宮廷服は生地感が重厚。
マルグリットが後半に着る三色旗のグラデーションが入った衣装が印象的でした。
メイクは舞台上でも韓国トレンドのツヤ肌。ツヤッツヤしてた。

日本のいわゆるグランドミュージカルを観る場合、
演出家も数えるほどしかいないし、
タッグを組む一流の美術や照明や衣装のプランナーたちもある程度固定でいるわけですよね。
そうなると、どうしても予定調和になる。
今回、こういう空間の使い方するんだ!とか照明綺麗!とか、強い刺激を受けた。
よく考えたら、普段、東宝ミュージカルとか見てても、
こうくるの!?って思うことそうないですもんね。
知らぬうちにマンネリだったんだな、と思う。
舞台も役者も、ああきっとこうなんでしょという大きな内輪ネタになってる。
わたしは海外の舞台を生で観たことはないけど、
ブロードウェイとかウエストエンドはやっぱりすごいんだろうな。
で、まぁそこはミュージカルの聖地として置いておいて、
日本よりもずっとミュージカル歴の浅いはずのお隣の韓国が、すごいクオリティを見せつけてくる。
こはいかに、ということ。

演出はロバート・ヨハンソン。
韓国の『エリザベート』(ちらっと見た程度だけど、ウィーン版のやすりが登場するし、折衷的)や
『モンテ・クリスト伯』も手がけているよう。
衣装は日本人、照明プランナーは横文字。折衷作戦が効いてる。
ここに助手として自国のスタッフ入れて育てるというところまで込み込みの作戦でしょうか。
海外でやった演出そのまま招聘ではなく、海外スタッフと一から作るっていう作業も、
なかなかお金と労力がかかると思うので、すごい思い切ったプロジェクトというのがうかがえます。
そして、『スウィーニー・トッド』ではプロデューサー対決までするもよう。
これはセンスも磨かれますね。
ちなみに、MAキャストも何人か出ていて幕が開いたばかりの『モーツァルト!』の演出は小池先生。
音響だけ日本でミュージカルを数々手掛けてる山本浩一さんで、
あとは韓国人スタッフのようです。
色々なパターンがあって面白いですねー!

というわけで、大満足でした!
ただし、まさかのゲネ映像。
拍手パラパラしか聞こえないし、客席降り無人。
おまけに最初のフェルセンズームがぶれぶれ。
めっちゃ心配になったけどその後はまぁまぁ安定してたかな。
(暗転ごとに焦点さまようけど)(ノイズ入るけど)
一応、複数台のカメラで撮ってて綺麗に編集してます。
音はしっかりしてた。

逆に記録映像を商業利用する許可の方が色々大変そうと思った。
というか、クンツェ、リーヴァイ作品、上映していいんですね!
ウィーン劇場協会ではなく、日本初演で東宝が大元の権利を持ってるから他作品とはまた扱いが違うのでしょうか。
ゲネ映像なのに(根に持つ)お高めですが、その価値は十二分にありました。
次回上演作が楽しみです。
…というか、そろそろ韓国行かねばと思い始めました。。。
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