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☆だんだらだらだら☆

記憶力がないアラサーのブログ。演劇/ミュージカル/宝塚/歌舞伎/映画/美術館/フィギュアスケート/JAZZ/大阪万博/食べ歩き/カメラ(OM-D E-M10 mark2) などの話題。

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2016.10
23


11:37
広がる宇宙、情報としてのプロジェクションマッピング。
小劇場的な身体性を活かした表現方法。コミュニティ。
デジタル、アナログを切り替える照明。
プロジェクションマッピング/黒板
音楽がすっごい頭に残る。





***
以下、考えたことメモ。
私たちは、情報をさっ引くことで、広大な世界の一片を認識する。
自分の世界への落とし込み。
自分と世界が緩やかに、ろうとを通して繋がっている感覚。
対して、クリストファーは広大な世界そのものに「触れて」いる感じ。
人との物理的な接触も嫌っていたけど、
まさに、むき出しの自己が世界と接触するイメージ。
世界と自己が接して、擦れている。

電車の車窓から見える風景ですら、彼にとってはton much。
すべての細部が、混乱を招く。
それは、不意に他人に触られる感じにとても似てる。
家族との間では、触れる行為=信頼、安心、愛情の意味合いとして、
手のひらを合わせることをルーティーンとして落とし込む。
規則性のある行為として。
住み慣れた家族と自宅界隈のコミュニティから、
電車を乗り継いで母親の住む街へ冒険に出掛ける。
ロンドンの街のシグナルの多さ。
圧倒的な文字とイメージで屹立する広告。
暴力的なシグナル。
ラジオのノイズ音に身を投じる。
無数のシグナルを押し出すように。

嘘をつく父親。真実を語る母親。
聞きたくない言葉を排除したり、あるいはその人物自体を遠ざけたり、
折り合いをつけたり、諦めたり。
生きていくうえで、いつの間にか防御方法を身に着けていく。
でも、クリストファーは全てまるっと受容する。受容してしまう。
情報量が溢れる。
感情の機微が、どうしてその行動に至ったかわからず、混乱する。
ただわかっているのは、父が犬を殺した→次は自分を殺すかもしれない、
母が生きていてある街で暮らしている→そこにいけば母に会えるということ。
父親の元を逃げ出すのはクリストファーの理論に基づいていた判断なので、
通常の意味での拒絶や諦めや折り合いとは違う。

新しい子犬の命を迎えることで、関係性を再構築する。
黒板に大きなスマイリーを書く。
上級試験を受けるのは、彼の大きな一歩。
そこには「未知」の理論があって、
何でもできる、叶えられる可能性に賭けている。
それは自分自身の。そして、両親たちとの関係性も?
「何でもできるよね?」の問いかけに先生は答えないのだけれど、それでも―。

「フランケンシュタイン」振りのナショナルシアターライブ。
フランケンの時には公式HPすらない状態で情報が錯綜してました…。
その頃に比べると、今回はチラシも作品情報の簡単な紙も配布されたし、
インターミッションタイムも表示されて、大きく前進。
ただし、字幕は相変わらず誤字脱字のオンパレード。
(字幕騒動のことはこちらにまとめられています)

今は改善されているはず…と期待しつつ、次は「戦火の馬」
観に行けるか怪しい!
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